6月11日

毎日、育児に奮闘するおかあさま方へ

朝から晩まで、精一杯にお子様と向かい合って、へとへとになってお布団に倒れ込むような日々を過ごしているお母様方に、心からの労いを送ります。

いらいらしていた自分を、幸せそうに眠る子どもの寝顔を見て反省し、ごねんねと繰り返し、涙した夜の見上げた星の煌き。ふとした時のため息を、子どもの笑顔で隠した夕暮れ時の風の音。私は母親として失格かもしれないと居たたまれない気持ちになったひとりの時間の暗い影。私も2人の子どもの親にさせてもらっているので、しみじみと新鮮な記憶として蘇ります。

私は「昔の時代」に医師になるための勉強をしてきたので、「今の時代」には適合しない考えを持っているかもしれませんが、小児科医になってはや40年以上となり、残りの時間を、「次の世代への繋ぎ」にために費やそうと考えるようになりました。この手紙が、こころに残る言葉になれば幸いです。

最近、離乳食についての相談の内容が、少しだけ以前と違うことに気が付きました。

「私のやり方は正しいでしょうか?」この問いが増えたのです。

食は「その家の文化」だと私は思います。何が正しくて、何が間違っていて、これが正解だなんてないのが、食にまつわることだと思っています。何も間違っていないし、お母さんのこころの声に従ってよいと思っているのです。

それよりも、赤ちゃんが最初に口にする“食べもの”は、「ただの栄養」と位置つけするのではなく、おかあさんの「愛」がかたちになったものではないかと思っています。お子さんに、食を通してお母さんの愛の波動を送るものだと思っています。

お母さんが、野菜を刻むときの音、手で食材をまぜるときのぬくもり、やさしく息を吹きかけて、冷ますときの吐息、そして「おいしいね」と笑いかけるときのまなざし。それが、赤ちゃんにとってはからだと心を育てる栄養になっていると思うのです。

私たちは、忙しい時代を生きています。

手間をかけられない日があるのも当たり前です。

便利なものをうまく利用して、ほんのひと手間でも手を加え

お母さんの気持ちを込めることで、食べるものは光を持つと思います。

お母さんの手で、

お母さんの直感で

我が子の命を育て、守るための食物を選んでほしいのです。

できることからでよいのだと思うのです。

できるものからでいいと思うのです。

お子さんのお口に運ばれるお母さんの愛が

すべてだと思います。

献立は、完全じゃなくていいのです。

中途半端でもいい加減でも、適当でも、心配しないでよいのです。

お母さんが、我が子が大好きで、今が一番幸せだと満たされている気持ちで

お食事の時間を過ごせれば、それがすべてだと思うからです。

お母さんとお子さんが 食を通して幸せでありますように。

今日も私は、ここからたくさんの祝福を送ります。

こころを込めて

                令和7年5月18日

                  

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