「いただきます」の意味

年に一度、夏になると旧友たちと食事をする。

昔のようにお店で賑やかに集まることは少なくなった。

誰かの家に集まり、それぞれが手作りの料理を持ち寄る。

そんな時間が、今は心地よい。

笑って、

話して、

また笑う。

ふと、みんなに聞いてみた。

「一人で食事をするときって、どうやって食べてる?」

スマホを見ながら?

メールを返しながら?

テレビをつけて?

本を読みながら?

すると、昨年心筋梗塞を経験した友人が静かに話し始めた。

「私は、食事の前に必ず手を合わせるの。」

そして、こう続けた。

「生きているものしか、私たちはいただけないでしょう。

だから、命に敬意を表したいの。」

その瞬間、みんなの手が止まった。

友人はさらに話した。

「一日三回ある食事は、生きていることに感謝する時間なの。

主人が亡くなってからは、一人で食卓に向かうことが多くなったけれど、だからこそ、食事だけとはきちんと向き合いたいと思うの。」

そして、誰かと食事をするときには、

「その人のペースに合わせて食べるようにしている。」

と笑った。

「だって、次は会えないかもしれないでしょう。」

その一言が、胸に残った。

そうか。

私はまた一つ、大切なことを教えてもらった。

思い返せば、人生の節目には、いつも誰かがこんな言葉を届けてくれる。

本当にありがたいことだと思う。

「今日も、いただきますと言えることが

私がここに生きていると確認できることなのよ。」

彼女の言葉が私の心の奥を光で満たしていったようだった。

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