少数派になってわかったこと

先日、友人から電話がかかってきた。

「ねえ、あなたってビーガンなの?ベジタリアンなの?」

思わず笑ってしまった。

昔の私を知っている友人だからだ。

あの頃の私は、お肉も大好き、お酒も大好き。

「肉食女子」と言われても否定できないくらい、よく食べ、よく飲んでいた。

そんな私が、今では食べられないものがたくさんある。

だから友人も困ってしまう。

「だしは使えるの?」

「乳製品は?」

「はちみつは?」

「魚は?」

「日本酒は大丈夫?」

質問は次々に続く。

実際、お店からも細かな問い合わせをいただくことがある。

食のバリアフリーに熱心なお店ほど、一つひとつ確認してくださる。

その気持ちが本当にありがたい。

一方で、「え?」と思うような除去対応を経験することもある。

お互いに経験がないのだから、仕方がないのだと思う。

だから私は、夜の食事会へ出かける機会がめっきり減った。

幹事さんに迷惑をかけてしまうのではないか。

そう思うと、つい遠慮してしまう。

少数派でいることは、時々少しだけ生きにくい。

けれど、自分がその立場になって初めて見える景色もあった。

車いすの方の気持ち。

耳の聞こえにくい方の気持ち。

外国から来られた方の気持ち。

子育てに悩むお母さんの気持ち。

そして、食べられない人の気持ち。

当事者にならなければ、本当のところはわからない。

だからといって、

「私はこういう人だから配慮してください。」

と言いたいわけではない。

私も、そんなことは望んでいない。

ただ、お互いに少しだけ知ることができたら。

「そういう人もいるんだね。」

その一言だけで、救われる人がいる。

食のバリアフリーが当たり前になるまでには、まだ時間がかかるのかもしれない。

でも、それでいい。

大切なのは、完璧な対応ではなく、知ろうとしてくれる気持ちだと思う。

私は、結論を出したいわけではない。

同じように悩みながら暮らしている人たちと、情報を共有したい。

「このお店は相談しやすかったよ。」

「こんな工夫をしたら、一緒に食事が楽しめたよ。」

そんな小さな経験を分かち合えたら、それだけで希望になる。

少数派だからこそ見える景色がある。

その景色を、これからも大切にしていきたいと思う。

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