朝、医院の周りを散歩する高齢の方をよく見かける。
この辺りには高齢者も多く、毎朝同じ時間に歩いている方もいる。
最近、挨拶を交わせるようになった方がいる。
今朝、その方が笑顔で声をかけてくださった。
「先生、毎朝玄関先を拭いているけれど、えらいねえ。」
見られていたんだ。
少し照れくさくなった。
私は毎朝、医院の玄関を掃除する。
新型コロナウイルス感染症を経験してからは、以前にも増して気を遣うようになった。
まず、扉の取っ手、玄関ベル、照明のスイッチを拭く。
玄関のたたきを拭き、外に出ている靴の裏も拭いて片づける。
床を整え、窓を開け、窓ガラスを拭く。
朝早く出かける日は、前日の朝と夜の二回掃除をすることもある。
これが私の朝の恒例行事だ。
この習慣は祖母から教わった。
幼い頃、私は病弱で祖母の家で過ごす時間が長かった。
その間に、暮らし方や季節のこと、家を整えることを、祖母は何度も何度も教えてくれた。
私は、その教えがいつの間にか身体に染み込んでいた。
もちろん、掃除をしたから特別によいことが起こるわけではない。
「えらいねえ」と言われるほどのことでもないように思う。
それでも、私は掃除をする。
なぜだろう。
考えてみると、私は昔から整えることが好きだった。
何でも取っておく母とは正反対で、そのことでよく口喧嘩もした。
私は、整っていないと落ち着かない。
もしかしたら、これは性分なのかもしれない。
でも、不思議と苦にならない。
むしろ楽しい。
掃除をすると、空気まで澄んでくるような気がする。
玄関がきれいになると、自分の心まで整っていく。
昨日を片づけて、新しい一日を迎える準備ができる。
だから私にとって掃除は、家をきれいにすることだけではない。
自分自身を整える時間なのかもしれない。
人には、それぞれ好きなことがある。
料理が好きな人。
庭仕事が好きな人。
本を読むことが好きな人。
何もしない時間が好きな人。
それでいいのだと思う。
誰かに評価されるためではなく、自分の心が整うことをする。
それが何であっても、本人が幸せなら、それでいい。
私は本当に掃除が好きだ。
もしかしたら、仕事より好きかもしれない。
掃除をしている時間は、部屋だけでなく、自分の心も整っていくような感じがする。
玄関を整えることは、一日を整えることで、私には自分自身を整える時間でもあるようだ。
だから明日も、きっと私は玄関を拭いている。
朝の澄んだ空気の中で、朝の柔らかな光を受けて「今日も一日よろしくお願いします」と心の中でつぶやきながら。