光を刻む人

7月5日。

久しぶりの日曜日。

友人のご子息が制作したガラス作品の展示会へ出かけた。

幼い頃を知っている青年が、今ではガラス工芸の職人として歩んでいる。

会場には、繊細なカットが施された作品が静かに並んでいた。

光を受けるたびに表情を変え、その美しさに思わず息をのんだ。

一つひとつの作品を見ながら、私は考えていた。

この一つを完成させるまでに、どれほどの時間を重ね、どれほど失敗を繰り返したのだろう。

友人は穏やかに話してくれた。

「遠回りもしたし、苦労もたくさんあった。でも、今はこれでよかったと思えるの。」

その言葉を聞いたとき、作品だけでなく、息子さんを見つめる母親のまなざしもまた美しいと思った。

会場では師匠がモーゼルグラスを見せてくださった。

ハプスブルク家に愛されたというその作品は、まさに「キング・オブ・グラス」と呼ばれるにふさわしい存在感があった。

ガラスという素材に、ここまで命を吹き込めるものなのか。

そこには技術だけではない、長い時間と情熱が刻まれていた。

究極を目指して歩み続ける人は、作品をつくるだけではない。

その歩みそのものが、人を育てるのだと思った。

私はふと、自分自身に問いかけた。

私は今、命を懸けて生きているだろうか。

人生の終わりは、一日一日近づいている。

そのことは誰にも平等である。

だからこそ、この一秒を大切に呼吸しているだろうか。

今日という日を、丁寧に生きているだろうか。

若い青年の作品を見に行ったつもりだった。

けれど、本当に見つめ直していたのは、自分自身の生き方だったのかもしれない。

人生は、誰かと競うものではないのだと思う。

それぞれが、自分だけの作品を完成させるために与えられた時間なのだろう。

私もまた、これからの日々を、一つひとつ丁寧に刻んでいきたいと思う。

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