6月30日は「国際小惑星デー」だと、大阪に住む友人から教えてもらった。
1908年、シベリア・ツングースカで起きた大規模な隕石落下を忘れないための日なのだという。
いつものように、軽くうなずきながら、私はその話を聞いていた。
「同じ出来事でも、国や文化が違うと受け止め方もずいぶん違うものだな」と思った。
大学時代の友人のことを思い出した。
九州にある実家の屋根に隕石が落ちたのである。
当時は、「そんなことが本当にあるんだ」と驚いただけだった。
幸い命に別状はなかったものの、その後は行政やさまざまな関係者への対応に追われ、お母さまは体調を崩されたと聞いた。
一方で、その隕石には大きな価値があり、「隕石で大金持ちになった」と笑い話のように話していたことも思い出す。
人生とは不思議なものである。
一つの出来事が、思いもよらない方向へ人生を動かすことがある。
そして、もう一人の友人は佐賀県の出身なのだが、その時だったか
「江戸時代に二つの隕石が落ちた場所には神社が建てられ、今も大切に祀られている」と教えてくれたことを思い出した。
空から落ちてきた石を、災いとして受け止める人もいれば、天からの贈り物として敬う人もいる。
その違いもまた、人の歴史なのだろう。
もうすぐ七夕。
織姫と彦星に思いを馳せる季節になる。
夜空を見上げると、人は少しだけ日常から離れ、自分の人生や運命について考えたくなる。
星は何も語らない。
けれど、星を見上げる時間は、私たちに静かな問いを投げかけてくれる。
「あなたは、これからどんな空を見上げて歩いていきますか。どんな気持ちで見上げますか。」
私がまあるく、角が取れてきたから感じることだろうか。