話は飛ぶけど、どこかでつながっている

「あなたの話って、かなり飛ぶよ。」

そんなことを言われた。

そうか。

やっぱり飛ぶのか。

自分では、ちゃんとつながっているんだけどなあ。

たとえば、子どもの熱中症について考えていた。

チャイルドシートに座っている赤ちゃんの背中は暑くないのかな。

そこから、ベビーカーの子どもは大人より地面に近いなあと思った。

そういえば、ベビーカーで移動していた子どもの皮膚トラブルの話があったな。

そこから、

「大人にとって安全な環境と、子どもにとって安全な環境は同じなの?」

と思った。

そうしたら今度は、自分の身長のことを思い出した。

私は背が低い。

混雑した電車では、人の中に埋もれてしまう。

周りの人は普通に立っているのに、私は息苦しい。

同じ場所にいるのに、見えている景色も、感じている環境も違う。

そうか。

安全って、場所だけでは決められないんだ。

人によって違うんだ。

……ほら。

私の中では、ちゃんとつながっている。

でも、聞いている人からしたら、

熱中症の話はどこへ行った?

となるらしい。

あはは。

考えてみれば、私の頭の中は昔からこんなふうだったのかもしれない。

一つのことを考えていると、

「そういえば……」

がやってくる。

そこから昔の記憶が一つ出てくる。

その記憶に、別の人の言葉がくっついてくる。

すると、

「待てよ。これって同じことじゃない?」

となる。

そして、最初とは全然違うところへ着地する。

話は横へ横へと飛んでいるようで、私の中では、少しずつ奥へ潜っているのかもしれない。

そういえば、くまログもそうだ。

花火の話から、お盆になった。

お盆から、ご先祖さまの話になった。

そこから、蛇口をひねれば水が出ることは当たり前じゃない、という話になった。

熊本の災害を考えていたら、ドラえもんの「どこでもドア」が欲しくなった。

どこでもドアから、離れて暮らす家族に温かいスープを届けたいと思った。

そして最後は、夕暮れの雲を見ながら、

「今日も一日ありがとう。」

になった。

こうして並べると、

やっぱり飛んでるねえ。

でも、不思議なことに、私の中では全部つながっている。

たぶん私は、出来事そのものより、その出来事によって自分の中に何が動いたのかを追いかけているのだと思う。

だから、予定していた場所にはなかなか着かない。

途中で立ち止まり、

昔のことを思い出し、

人の言葉を拾い、

空を見上げ、

また歩き出す。

ずいぶん効率の悪い頭だ。

でもね。

最近、この飛び方も悪くないと思うようになった。

人の思考なんて、本当は一直線ではないのかもしれない。

記憶と記憶。

人と人。

今日と昔。

見えるものと、見えないもの。

一見何の関係もないものの間に、細い糸を見つける。

その瞬間、

「ああ、そういうことか。」

と、何かが腑に落ちる。

私は、あの瞬間が好きなのかもしれない。

だから、これからも話は飛ぶと思う。

聞いている人には、

「また始まった。」

と思われるかもしれない。

まあ、いいや。

飛んだ先で何かを拾って、また帰ってくればいい。

話は飛ぶけど、どこかでつながっている。

どうやら私の頭の中は、そういうふうにできているらしい。

最近は、それもなかなか面白いと思っている。

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