小学校からの旧友の誕生日だった。
久しぶりに声を聞いた。
今、大きな病気の治療を続けていると聞いた。
なんとも言えない気持ちになったけれど、聞こえてきた声は思いのほか元気だった。
身体を整えるために運動をし、声を出す練習も続けているという。
ご主人とも食事に出かけているらしい。
何年も会っていない。
それなのに、話し始めた瞬間から心が通う。
不思議だなあと思う。
人とのご縁には、いろいろな形がある。
ある時期、とても近くにいて、たくさんの時間をともに過ごした人。
その人がいたから経験できたことも、学んだこともたくさんある。
けれど、時が流れると、それぞれがまた自分の場所へ戻っていく。
喧嘩をしたわけでもない。
嫌いになったわけでもない。
ただ、自然に会わなくなる。
そんなご縁もある。
一方で、何十年という時間が過ぎても、何も変わらない人がいる。
飾らなくていい。
気取らなくていい。
自分を大きく見せなくてもいい。
きっとお互いに、あの頃よりは少し成長したはずなのに、会えば昔のまま。
ありのままの自分でいられる。
彼女は、私にとってそんな人だった。
話していると、呼吸が楽になる。
肩の力が抜ける。
心がとても穏やかになる。
今、自分自身が大変な時なのに、彼女は私を気遣ってくれた。
「もう、そんなに頑張らなくていい。」
「大丈夫。」
「そのままで大丈夫。」
何も話していないのに、彼女の言葉は続いた。
自分の身体は、自分で守る。
自分の心も、自分で守る。
自分を大切にする。
時には、自分のことを一番に考える。
彼女の言葉は重かった。
きっと、今の彼女が自分の身体と向き合いながら、一日一日を生きているからなのだと思う。
知識として知っている言葉と、生きている人から渡される言葉は違う。
同じ「自分を大切にして」という言葉でも、その重さが違う。
電話を切ったあと、しばらく静かにしていた。
私は、お誕生日のお祝いをするために、電話をしたはずだった。
それなのに、また私のほうが大事な何かを受け取っていた。
人って、不思議だ。
何年会わなくても、大切な人は大切なままなのだ。
近くにいることだけが、つながっていることではない。
毎日連絡を取ることだけが、友達でもない。
ただ、その人を思った時に、心のどこかが静かになる。
呼吸が少し楽になる。
そんな人が人生に一人でもいることは、とても幸せなことなのかもしれない。
お誕生日、おめでとう。
あなたの声を聞けて、よかった。
今度会う時も、きっと私たちは何も飾らない。
そして私はまた、あなたの前で、肩の力を抜いているのだと思う。来年は小学校の同窓会に一緒に出席しようね。