熊と人とのあいだで

熊による被害が毎日のように報道されています。

人の暮らす場所に熊が現れるのだから、危険であり、対策が必要であることは言うまでもないけれど

一方で、今でも旧友や一部の先輩方に「クマ」「くまちゃん」と呼ばれている私は、

報道を見るたびに、どこか心がきゅっと締めつけられるような気持ちになるのです。

幼い頃、私は、病弱で、祖母っ子だったように記憶があります。

その祖母から熊についてさまざまな話を聞いたのです。

熊は川沿いを移動すること。

子熊を連れた母熊は、時に夏至前の繁殖期には、雄熊から子どもを守るため、人里近くへ降りてくることがあること。

山へ入る時は熊鈴や熊笛を持つこと。

そのせいか、私は、我が子たちに「うるさい」と言われても、鈴を身につけることを当たり前のように続けてきました。

熊は決して愚かな動物ではないと思っています。

そして、はじめから人を襲うために生きているわけでもないはずです。

それなのに私たちは、ときどき忘れてしまいます。

生ごみをその場所に置いて本当に大丈夫だろうか。

そこでバーベキューをしてよいのだろうか。

風向きは考えているだろうか。

その川の上流にどのような生態系があるのか知っているだろうか。

人間の都合だけで自然を見ていないだろうか。

私は幼い頃から、「自然の中へ入るときは、お邪魔しますという気持ちを持ちなさい」と教えられていたように思います。

人は自然の一部であることを教えてもらっていた記憶が蘇ってきました。

便利さや快適さを求めることは悪いことではないですし、私は十分にその恩恵を受けています。

しかし、そうしている間に、与えられていることが当たり前になってしまっていて、安全に

平和に一日を終えて、布団で静かに休めることが奇跡だなんて思えなくなっていました。

一度立ち止まって振り返ると、昔の教えは、尊いものだと感謝の気持ちが沸き上がってきました。

私は、最近の熊のニュースから

自然との共存とは何か、

私は何を忘れてしまったのか、

と、自分に問いかけながら、晩年を生きていきたいと思いました。

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