病気の話ばかりにならないように

今日は、地域の集まりに参加してきた。

正直に言えば、少し気が重かった。

昔は四十世帯ほどあった地域も、今では四世帯だけになってしまった。

みんな年齢を重ねた。

久しぶりに顔を合わせる。

すると、自然と話題は病気になる。

「私はここが痛い。」

「いや、私はもっと悪い。」

「血液検査の数値がね。」

「今度また病院なんだ。」

誰かが話し始めると、次の人も病気の話になる。

その気持ちはよくわかる。

年齢を重ねれば、身体のどこかに不調が出てくるのは自然なことだ。

でも、私はふと思った。

私たちは、病気の話をするために集まったのだろうか。

もっと最近笑ったことや、

庭に咲いた花のこと、

孫の成長や、昔の思い出、

そんな話でもいいのではないだろうか。

病気は人生の一部であって、人生そのものではない。

最近、高齢者の医療費負担の見直しが話題になることがある。

本当に支援が必要な人には、安心して医療を受けられる仕組みは欠かせない。

一方で、医療との付き合い方も、一人ひとりが考える時代になってきているのかもしれない。

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診察を受けることも大切。

でも、元気でいるために歩くこと、

人と笑うこと、

好きなことを続けることも、同じくらい大切なのではないだろうか。

集まりの最後には、お茶とお菓子、それに漬物がたくさん並んだ。

「これ、全部食べるの?」

思わず心の中でつぶやいてしまった。

健康を気にしながらも、つい手が伸びてしまう。

そんな人間らしさに、少し笑ってしまった。

もしかすると、一番大切なのは、

病気を自慢し合うことでも、

我慢することでもない。

笑い合える時間を持つことなのかもしれない。

年齢を重ねても、

「今日は楽しかったね。」

そう言って帰れる集まりが、一つでも増えたらいいなと思った

くまログ ― おしゃれをする理由

今日は地域活動の集まりの後、ある人の話題を耳にした。

その人は腰が曲がり、杖をついて歩いている。

でも、いつもキラキラ見えるらしい。

「今さらおしゃれなんてね。」

「ご主人も亡くなって時間があるからじゃない?」

そんな言葉が飛び交っていた。

私はその話を聞きながら、少し違うことを考えていた。

本当にそうだろうか。

私はその人を見たことがある。

よく見ると、上着は後ろ丈が少し長く仕立てられている。

肩には自然に肩パッドを使い、全体のバランスを整えている。

髪にはターバン。

決して流行を追っているのではない。

今の自分の体をよく知り、その体に似合う工夫をしているのだ。

それは、おしゃれというより、

自分を大切にしている姿なのだと思った。

「ご主人が亡くなったから。」

そんな理由をつける必要はない。

人生は誰のものでもなく、自分のものだ。

年齢を重ねたからこそ、自分のために好きな服を着てもいい。

好きな色を選んでもいい。

鏡を見て、「今日もいいね」と思えたら、それで十分ではないだろうか。

今日、私はもう一つ気づいたことがある。

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人は、いる場所によって心の温度が変わる。

誰かの悪口や噂話、批判や優劣の話ばかりの場所に長くいると、そんな空気に染まってしまう自分を見つけ

てしまう。

反対に、自分らしく生きている人のそばにいると、不思議と心が軽くなる。

だから私は、自分がどんな場所に身を置くかを大切にしたいと覚悟しようと思う。

人生の残り時間は、思っているほど長くない。

だったら、自分も楽しく生きよう。

好きな服を着て、

好きな人と笑って、

好きな景色を見ながら。

それでいいのだと思う。だって、あるのは今日だけで、明日は生きているかどうか、確約されていないもの

くまログ ― 自然を正しく恐れる

「山梨県はマダニ感染症の患者さんがゼロだって、本当なの?」

感染症を長年診療してきた友人から、一本の電話がかかってきた。

そして、こんな言葉が続いた。

「見つかる前に亡くなっている人がいるんじゃないの?」

山梨県では重症熱性血小板減少症候群(SFTS)などの報告は多くない。

だからといって、「ない」と思い込むことは危険かもしれない。

自然の中では、私たちの知らないことが、まだたくさんある。

草刈りをする方は、どうか十分な備えをしてほしい。

長袖、長ズボン、手袋。

虫よけスプレーも、用途や有効成分を確認して選んでいただきたい。

犬の散歩やキャンプ、山歩きでも同じ。

猫から人へ感染した事例も報告されており、自然との距離が近いほど注意は必要になる。

大切なのは、自然を怖がることではなく

自然を、正しく恐れること。

自然は私たちの所有物ではない。

私たち人間もまた、自然の大きな営みの一部なのだから。

そう思うと、自然への接し方も少し変わる気がする。

実は、私の主人も草刈りが好き。

この暑い夏でも完全防備で草刈りに出かける。

帽子をかぶり、長袖を着て、手袋をして、一つひとつ丁寧に草を刈る。

私は時々思う。

主人の趣味は草を刈ることではない。

人が安心して歩ける道をつくることなのではないか、と。

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本当に気持ちのよい仕事をする。彼の草刈りの後は、とてもきれい。

そして、その姿を見ていると、少し笑ってしまう。

私たち夫婦は、案外よく似ているのかもしれない。

目立たなくても、今日も自分にできることを続けている。

そんな毎日も、悪くないと思う。

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